古典派
「古典」という言葉は、時代を超越した芸術作品を表現するために使われ、美の理想に適合したものを指し示している。
バッハの息子たちやレオポルト・モーツァルトは、いわゆる前古典派の代表格で、マンハイム楽派等の繊細なスタイルと表現豊かな音楽言語が特徴である。この初期古典派は、ヨーゼフ・ハイドン、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト、ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンの3人を中心とするウィーン古典派への道を開くものであった。複雑な対位法から脱却し、旋律が前面に押し出され、バロック時代に確立された調性は、さらに洗練と発展を遂げた。ウィーン古典派のソナタ、交響曲、室内楽に見られるソナタ形式は、古典派の典型と目されるようになった。この時代において重要な事実は、ウィーンに多くの有力なパトロンがいたことである。ニコラウス・エステルハージー公爵、ゴットフリート・ファン・スヴィーテン男爵、ルドルフ大公などがそれに当たる。
数々の技術革新や革命的なアイデアに伴い、楽器も変化していった。チェンバロは次第にピアノに取って代わられ、演奏者は音量をコントロールした、より繊細な演奏をすることができるようになった。クラリネット、フルート、ホルン、オーボエなどの楽器も改良され、より多目的に使えるようになり、伝統的な交響楽団の中で独自のセクションを獲得していった。そして、楽器が増えるにしたがって、今日我々がスタンダードとしている大編成のオーケストラが確立した。弦楽四重奏も、それ自体がひとつのジャンルとして発展していった。
この時代には、交響曲、協奏曲、器楽の独奏曲、ピアノ・ソナタ、オペラなどが大量に作られるようになった。啓蒙主義の朗らかな精神は、長調の軽快な曲で音楽に反映された。しかし、次の時代を切り開いたのはベートーヴェンである。古典派の終わりをマークするのは、1827年のベートーヴェンの死と、1828年のフランツ・シューベルトの死だろう。